離島のヤドカリから化学物質 プラスチック汚染による生物への広がりを解き明かすー東京農工大学 農学部 水環境保全学研究室 水川 薫子講師

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目次

生物への人為起源の化学物質汚染広がる仕組みを解き明かす

ーどのような研究をされていますか。

私と高田秀重教授の研究室では、人間活動による化学物質の環境汚染の実態や挙動、起源などに関する研究をしています。現在、世界中で4100万種以上の化学物質が登録され、日々その数を増やしており、人口の増加や人間活動の地域拡大によって、環境中に広がりを見せている状況です。

私は、化学物質の生物濃縮メカニズムについて研究をしています。化学物質の種類や構造によって、食物連鎖において生物濃縮される濃度が変わるなど、非常に興味深い研究です。学生のころに、臭素系難燃剤であるPBDEs(ポリ臭素化ジフェニルエーテル)とPCBs(ポリ塩化ビフェニル)を卒論で比較したときから取り組んでいます。

私たちの研究は、現地調査に出向くことが多々あります。海外でフィールド調査を行うこともあり、学生時代だけでも3回は行きました。印象的だったのは、初めて東南アジアに行ったとき、市内を流れる運河に大量のごみが見られたことです。先日も海外調査に赴きましたが、整備された部分もあれば変わらない部分もあることも実感しました。東南アジアには、雑多なごみが山積するダンピングサイトとよばれる場所が存在し、そこから浸み出る浸出水に含まれる化学物質について、今後も調査を続けるつもりです。

実際に現場に足を運ぶことで、詳細な状況や臭いなどを把握することができます。高田先生から学んだことでもありますが、本研究において現地調査は欠かせません。

ーこの研究を選んだ理由はなんですか。

もともと環境問題に関することを学びたいと思い、東京農工大学に入学しました。本学には、農学部に環境資源科学科と地域生態システム学科といった、環境問題を広く学べる学科があります。私は、自然科学の立場から環境や資源の問題に取り組んでいく環境資源科学科を選びました。

高田先生の研究室を選んだ理由は、大学2年生の時、高田先生の環境汚染化学という講義を受けたことがきっかけです。人間の活動によって発生した化学物質は、環境中に広がってどんな影響を及ぼすのか。また、化学物質の広がり方は、物理化学的な性質や自然環境との作用によってどう変わるのかなど、講義内容は非常に興味深いものでした。当時の私は、『沈黙の春(レイチェルカーソン)』を読んでいた背景もあり、化学物質による環境汚染について深く学んでいきたいと思ったのです。

ー大学で研究者の道を選んだきっかけを教えてください。

純粋に研究を続けたいという想いがありました。学生のころから取り組んでいる生物濃縮に関する研究がおもしろかったというのが大きいです。

この研究をもっと掘り下げていきたい。大学院に進学したのも、そんな想いからでした。研究を積み重ね、次第に自分がやりたいことが明確になり、特定の方法やアプローチを追求することで、望む結果を得られるようにもなりました。さらに、博士課程では、自分が明らかにしてきた結果を、室内実験で検証し、証明していきました。学生時代の研究を通じ、自分で創意工夫しながら探究していく魅力やおもしろさを知り、研究者の道を進もうと決めたのです。

また、人に教えることが好きだという理由もあります。博士課程のころは、ほかに先輩がいなかったので、私が後輩たちの面倒を見ることが多くありました。当時、自覚はなかったのですが、人に教えながら自分も一緒に成長できていたとことに卒業してから改めて気付き、教育と研究の両輪で環境問題に臨むことのできる大学という場が自分には向いているのではと思ったのです。

さらに研究者になって、自分の研究分野の課題を世の中に発信していきたいという思いもありました。実は、博士課程の時、環境問題を改善していくために、自分の研究をどのように深めていけばいいか、とても悩んだ時期がありました。そんな時、国立科学博物館でのサイエンスコミュニケーター養成実践講座を受講し、調べるだけではなく伝えること、それも一方通行ではなく対話を通して伝えていくことの重要性を学びました。そこには社会を変えるための行動変容につながる多くの気づきがあり、自分の研究とその背景をきちんと発信していきたいと思うようになりました。

一方、この講座では、心の底からサイエンスを楽しむ同世代の人たちと出会い、とてもいい刺激を受けました。それまでは、私は研究や科学は環境問題を解決する手段と思っていましたが、研究者として、楽しみながら研究を続けていきたいと思えた瞬間でした。

ー今後、注力したい研究テーマはなんでしょうか。

プラスチック由来の化学物質に関して研究を進めており、今後も力を入れていきたいと考えています。ここ最近、沖縄や小笠原などの離島で、フィールド調査をしています。離島は、下水道処理水や道路排水などの人間の活動による化学物質の流入が、都会と比べて圧倒的に小さい環境です。

しかし、地理的な要因や海流の流れが影響し、そのような場所でもごみが漂着しています。また、同じ島内であっても、ごみの漂着が多い浜と少ない浜があります。化学物質を媒介したごみが、周辺に生息する生物にどのような影響を及ぼしているか、数年前から研究を続けています。

特に注目しているのがオカヤドカリというヤドカリの一種です。雑食性で何でも食べてしまうので、ごみの多い場所にいるオカヤドカリの消化管の中からは、大量のマイクロプラスチックが検出されています。一方、ごみの少ない浜ではほとんど検出されません。

また、PBDEsなどの臭素系難燃剤を測定した結果、ごみの多い浜での検出率が高く、濃度も高いことがわかりました。さらに興味深いことに、ヤドカリがPBDEsを代謝し、脱臭素化するなど別の化学物質に変換させていることもわかってきました。

もともと私は、生物濃縮の研究を通して魚類のPBDEの脱臭素化に注目していたので、マイクロプラスチックの調査で脱臭素化に繋がる発見に出会えたことに、非常に感動しました。さらに今後は、ヤドカリの代謝能力について掘り下げていくとともに、臭素系難燃剤以外の化学物質についても研究を進めていくつもりです。

人間活動の影響が少ない離島にまで、化学物質による環境汚染が広がっている。そんな事実を証明していければと考えています。また、プラスチックが媒体となり、化学物質の運び屋として環境汚染の広がりを助長していることに、今まで以上に注目して研究に取り組んでいくつもりです。さらに、こうした環境汚染があるからこそ分かるサイエンスに挑んでいきたいと思っています。

環境問題に関心を抱いて学者を目指したのは小学生の時だった

ー環境問題に興味を持つようになったきっかけは何ですか。

小学生の時に、酸性雨やオゾン層の破壊などの環境破壊が起きていることを本で知り、環境学者を目指したいと思ったのがきっかけです。ただ当時は、あまり詳しいことは知らず、環境のことを調べるのであれば学者かな、と思う程度でした。しかし、高校生になって、自分の進路を考えた時に、やはり環境問題に関心があることを改めて認識しました。中高時代は天文部だったのですが、満天の星空の中に自然の偉大さや人間の小ささを感じたり、この星空を守るためには何ができるかを考えたりしたこともあると思います。環境問題に取り組み、自然を相手にしていくのであれば、理科系は勉強しておかなければならない。そう思って高校時代に理系を選択し、本気で環境問題に関わる道を志しました。

ただ、当時一番好きだった科目は地理なんです。世界の現地の人々の暮らし、そこで作られる作物など、広い意味で地球規模で起こっている出来事に興味がありました。人々の活動と周辺の地理的要因の関係性からどのように環境汚染が広がっていくのか。そんなことを考えたり、調べたりすることに強い関心があったからです。

ー環境問題の改善に向け、社会にどのようなことを期待していますか。

より多くの人に、環境問題への関心を持ってもらいたいと思っています。例えば、環境に本当に配慮した製品が、もっと普及してほしいと思っています。そういった製品を、環境問題に関心がある人だけが手に取るのではなく、誰もが選べるようになってほしいなと。SDGsの目標12にある「つくる責任・つかう責任」のとおり、生産者と消費者の意識改革が社会を変えていくためには必要だと思っています。実際は、環境問題には複雑な要因があるのが実情です。私ができることは、研究を続けていくことはもちろん、研究で得られたものを社会に発信していくこと、研究を通して環境に関心をもつ学生を育てていくことだと考えています。環境問題について学んだ学生らが、社会に出てから、周りにいる人たちに環境に対する働きかけをしていく。そうなれば、世の中がちょっとずつ変わっていくのではないかと期待しています。

    *本インタビューは2023年8月に行われたものです。

Profile

水川 薫子講師

東京農工大学 農学部 環境資源科学科
水環境保全学研究室(https://web.tuat.ac.jp/~gaia/Index.html

研究分野:環境・農学 / 化学物質影響

BUVSs分析法における留意点について下記の資料にて紹介しています

東京農工大学 水環境保全学研究室 の水川 薫子講師に
BUVSs分析法における留意点 について執筆いただきました。

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